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意外と遅咲き、クリント・イーストウッド、ブラッド・ピット、宮崎駿、何歳で売れたのか?

 「売れた」の定義が難しいので、アレですが、「一般的な代表作=売れた」を、その基準にして考えてみました。

 

クリント・イーストウッド(41歳)

『ダーティハリー』1971年

ダーティハリー(字幕版)

 1959年~1965年に放送されたTVドラマ『ローハイド』や、1964年から出演したマカロニウエスタン3部作(イタリア映画)『荒野の用心棒』(1964)、『夕陽のガンマン』(1965)、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(1966)、そして1968年の『マンハッタン無宿』から始まるドン・シーゲル監督とのコンビ映画などで、それなりのブレイクはしていますが、やはり最大のヒット作は、1971年の『ダ-ティハリー』だと思います。そう考えると、1930年生まれのクリント・イーストウッドは、41歳です。ちなみに『ダーティハリー』は、1972年の全米興行成績で第5位にランクインしています。

29歳=1959年『ローハイド』TVドラマで初主演
34歳=1964年『荒野の用心棒』イタリア映画で初主演
38歳=1968年『奴らを高く吊るせ!』ハリウッド初主演
38歳=1968年『マンハッタン無頼』ドン・シーゲル映画初主演

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ジーン・ハックマン(41歳)

『フレンチコネクション』1971年

フレンチ・コネクション (字幕版)

  『ダーティハリー』と同じ1971年にもうひとつ、刑事映画が注目を集めました。『フレンチコネクション』です。『フレンチコネクション』は、この年の第44回アカデミー賞で5部門に輝きました。主演を務めたジーン・ハックマンも主演男優賞に輝いています。ジーンハックマンも、クリント・イーストウッドと同じ1930年生まれで、初めてアカデミー助演男優賞にノミネートされ、注目を集めた映画が『俺たちに明日はない』(1967)で、このとき既に37歳でした。

31歳=1961年『機関銃を捨てろ』端役で映画デビュー
37歳=1967年『俺たちに明日はない』アカデミー助演男優賞にノミネート
40歳=1970年『父の肖像』アカデミー助演男優賞にノミネート

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宮崎駿(48歳)

『魔女の宅急便』1989年

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 宮崎駿の「売れた」がどの作品なのかは、今となっては、とても難しい問題です。初めて監督を務めた作品は、1978年のTVアニメ『未来少年コナン』です。初めてアニメ映画の監督を務めた作品は、1979年の映画『ルパン三世 カリオストロの城』です。そして『風の谷のナウシカ』が1984年です。

 配給収入の視点から「売れた」を考えると、風の谷のナウシカ』の配給収入は約7.4億円で、同じ年の『ドラえもん のび太の魔界大冒険/忍者ハットリくん+パーマン 超能力ウォーズ』(16.5億円)の半分以下で、1984年夏『東映まんがまつり』(8.3億円)よりも下で、「売れた」にはまだ距離があるような気がします。1986年『天空の城ラピュタ』が約5.8億円、1988年『となりのトトロ』が約5.8億円で、1989年『魔女の宅急便』が約21.5億円の大台に。『魔女の宅急便』は『ドラえもん・のび太の日本誕生』(約20億円)を抑え、1989年の邦画1位となり、洋画を合わせても、『インディジョーンズ・最後の聖戦』『レインマン』に次ぐ、第3位に入っているので、『魔女の宅急便』を宮崎駿の「売れた」と考えると、宮崎駿は、1941年生まれなので、このとき、48歳です。

37歳=1978年『未来少年コナン』TVアニメで初監督
38歳=1979年『ルパン三世 カリオストロの城』劇場用映画で初監督
43歳=1984年『風の谷のナウシカ』
48歳=1989年『魔女の宅急便』配給収入邦画1位

 

サミュエル・L・ジャクソン(43歳)

『ジャングル・フィーバー』1991年

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 サミュエル・L・ジャクソンの「売れた」時期も決めるの難しいですが、『ショウタイム』の中で、エディ・マーフィが「サミュエル・L・ジャクソンは、42歳で売れた」と発言しています。サミュエル・L・ジャクソンは1948年生まれなので、42歳を足すと1990年になりますが、この年よりも、翌年の1991年に『ジャングル・フィーバー』でカンヌ国際映画祭で助演男優賞を受賞しているので、勝手に1991年にします。というわけで43歳で売れました。しかし、2年後の1993年『ジュラシック・パーク』 では脇役だったので、まだまだ売れたというには、距離があるかもしれません。

40歳=1988年『星の王子 ニューヨークへ行く』銀行強盗、脇役
43歳=1991年『ジャングル・フィーバー』カンヌ国際映画祭助演男優賞
45歳=1993年『ジュラシック・パーク』 チーフエンジニア、脇役
46歳=1994年『パルプ・フィクション』英国アカデミー賞助演男優賞受賞 
47歳=1995年『ダイ・ハード3』ブルース・ウィルスのバディに抜擢
50歳=1998年『交渉人』ケビン・スペイシーとのダブル主演

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ブラッド・ピット(30歳)

『リバー・ランズ・スルー・イット』1992年

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 1991年の『テルマ&ルイーズ』で注目を集めますが、ブラッド・ピットが「売れた」のは、やはり1992年のロバート・レッドフォード監督の『リバー・ランズ・スルー・イット』かなと思っています。ブラッド・ピットは、1962年生まれなので、ちょうど30歳です。ブラッド・ピットは、人気TVドラマのゲスト出演を繰り返したり、「リーバイス・ジーンズ」のCFモデルに起用され、第2のジェイムス・ディーンと騒がれたりしますが、売れるまでに結構、苦労した俳優だと思っていました。しかし、このメンバーの中だと、断然早い時期に売れていました。

26歳=1988年『リック』映画初主演
29歳=1991年『テルマ&ルイーズ』
30歳=1992年『リバー・ランズ・スルー・イット』

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モーガン・フリーマン(52歳)

ドライビング Miss デイジー』1989年

 

ドライビング Miss デイジー (字幕版)

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 1987年の『NYストリート・スマート』でアカデミー賞にノミネート(第60回助演男優賞)されていますが、モーガン・フリーマンが「売れた」のは、1989年の『ドライビング Miss デイジー』でないかなと思っています。『ドライビング Miss デイジー』でも、アカデミー賞(第62回主演男優賞)にノミネートされています。1989年は、他にも『ジョニー・ハンサム』『グローリー』『ワイルド・チェンジ』などの出演作品があり、まさにモーガン・フリーマンの出世年ではないでしょうか。モーガン・フリーマンは1937年生まれなので、このとき52歳でした。(ちなみに第60回アカデミー助演男優賞の受賞者は『アンタッチャブル 』のショーン・コネリーで、第62回アカデミー主演男優賞の受賞者は『マイ・レフトフット』のダニエル・デイ=ルイスでした。)

50歳=1987年『NYストリート・スマート』アカデミー賞助演男優賞ノミネート
52歳=1989年『ドライビング Miss デイジー』アカデミー賞主演男優賞ノミネート
67歳=2004年『ミリオンダラー・ベイビー』アカデミー助演男優賞受賞

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ダニエル・クレイグ(38歳)

『007 カジノ・ロワイヤル』2006年

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 本国イギリスで着々とキャリアを重ね、2001年あたりから『トゥームレイダー』(2001)、『ロード・トゥ・パーディション』(2002)、スピリバーグ監督の『ミュンヘン』(2005)とハリウッド作品に進出すると、2006年に「6代目ジェームズ・ボンド」に抜擢され、現在の人気を決定的なものにしました。ダニエル・クレイグは1968年生まれなので、このとき38歳でした。

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