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中学3年 2学期期末国語「夏草―『おくのほそ道』ーから 松尾芭蕉」

光村図書発行の『国語3』を対象にしています。

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【ジャンル】古文(紀行文)

【特  徴】しっかり覚えれば、点数が稼げるジャンルです。

【すべきこと】
①書いてあるおおよその内容を理解する。
特別な言葉に関しては、説明できるよう覚える。
③それぞれの述語に対する主語を確認しておく。

 【本文】


 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへて、去年の秋、江上の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、やや年も暮れ、春立てる霞の空に、白河の関越えむと、そぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神の招きにあひて、取るもの手につかず、股引の破れをつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸すゆるより、松島の月まづ心にかかりて、住めるかたは人に譲りて、杉風が別墅に移るに、

 草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

面八句を庵の柱に懸け置く。

 

【訳と解説】 

 これは、序章で、前書きというか、「こんな心境で旅に出ましたよ」といった内容が書かれています。芭蕉が46歳のときの文章です。「奥の細道」は、江戸を出発して、奥羽・北陸を経て、大垣に至るまでの約2400㎞の旅で、5カ月の期間を要しました。芭蕉は、その後も旅を続け、48歳のとき、一旦江戸に戻りますが、再び旅に出て、51歳のとき、大阪で亡くなりました。

 これまでに習った『平家物語』の冒頭や、『新古今和歌集』の仮名序に比べると、やや分かりにくいなーと感じます。現代語訳は、教科書に載っているので、そちらを中心に確認してほしいと思いますが、一応、ここでも解説します。

 

①月日は百代の過客にして、

②行きかふ年もまた旅人なり。

①と②は、同じことを言っています。①「月日は、永遠の旅人で」「行き交う年もまた旅人だ。」。過客は、「行き来する人。行き過ぎる人。旅人。」の意。

 

③舟の上に生涯を浮かべ、

④馬の口とらへて老いを迎ふる者は、

⑤日々旅にして旅をすみかとす。

③と④は、旅の中で一生を終える職業の例として、挙げています。③「船頭」④「馬子」。馬子は、「荷物や人を運ぶ馬の口をとることを職業とする者」の意。全部ひっくるめると、③「船の上で一生を終える船頭」「馬の口をとらえて老いを迎える馬子は」「日々旅をして、旅を住処とする。」

 

⑥古人も多く旅に死せるあり。

「古人」は、昔の人のことですが、ここでは、特に芭蕉がリスペクトした「李白」「杜甫」「西行」「宗祇」といった歴代有名歌人のことを言っています。訳は「昔の人も多く旅の中で死んでいる。」といった感じです。この「詩歌道を究めるためは、人生の大半を旅に過ごさなければいけない」といった感覚に芭蕉は、憧れているように思えます。結果としては、そうなったのですが。

 

ここからが少々やっかいです。意味上では何回か切れるのですが、文の形としては、一文となっているため、少し整理が必要です。意味上のまとまりで分けています。

 

⑦予もいづれの年よりか、

⑧片雲の風にさそはれて、

⑨漂泊の思ひやまず、

⑩海浜にさすらへて、

⑦~⑩まで、意味上で切れます。(⑥のような憧れがあるためか)⑦「私もいつからか」⑧「片雲の風に誘われて」「漂白の思いが止まらず」「海浜をさすらい歩いている」。漂泊は、「所を定めずさまよい歩くこと。さすらうこと。流浪。」の意。この内容は、「私も古人に憧れて、こういう旅の生活してますよ」といった感じでしょうか。

 

⑪去年の秋、

⑫江上の破屋に蜘蛛の古巣をはらひて、

「去年の秋」⑫「隅田川のほとりにあるあばら家に帰ってきて、蜘蛛の古巣をはらって住んでいると」。「去年の秋」は、「1688年の8月」のことだそうです。「江上」の「江」とは「川」のことで、「江上」は、「川のほとり」。この川は「隅田川」にあたります。「破屋」は、「あばら家」のことで、「深川芭蕉庵」と呼ばれた芭蕉の家のことです。「去年の秋、旅から帰ってきて、自分の家で暮らしていると」といった感じです。

 

⑬やや年も暮れ、

⑭春立てる霞の空に、

⑮白河の関越えむと、

訳は、⑬「やや年も暮れて」「新春になると、霞が立ち込める空の下で」「白河の関を越えたいと」となります。教科書の脚注にも載っていますが、「春立てる霞」は、「春立てる」と「立てる霞」という意味があり、両方に意味が掛かる「立てる」掛詞と呼びます。「しばらくは家で暮らしていたけど、やはり旅への気持ちが湧いてきた」といった感じです。

 

⑯そぞろ神の物につきて心をくるはせ、

⑰道祖神の招きにあひて、

⑱取るもの手につかず、

精神面に表れた旅への期待感です。⑯「そぞろ神が物について心をくるわせ」「道祖神の招きにあって」⑱「取るものも手につかなく」。「そぞろ神」と「道祖神」の2神が自分の精神に影響を及ぼしたと言っています。

 

⑲股引の破れをつづり、

⑳笠の緒付けかへて、

㉑三里に灸すゆるより、

行動面に表れた旅への期待感です。⑲「股引の破れを繕い」「笠の緒を付け替えて」「三里にお灸をすえると」。旅の支度として、具体例を3つ挙げています。「三里」とは、「ひざ頭の下部の外側のくぼんだ場所」のことです。

 

㉒松島の月まづ心にかかりて、

「松島の月がまず気にかかる」。もう旅への期待感がMAXになり、最初に頭に浮かんだ場所が「日本三景」の一つとしても有名な「松島」(今の宮城県)だったという感じです。

 

㉓住めるかたは人に譲りて、

㉔杉風が別墅に移るに、

「自分の住んでいる家(=江上の破家)は人に譲って」「(弟子の)杉山杉風の別宅に移った」。個人的な感覚としては、「自宅を譲って、旅に出た」と言って、終わればいいのになーと思うのですが、弟子の別宅に移ったというエピソードがもう一つ入ります。

 

 ㉕草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

 芭蕉が詠んだ俳句です。個人的には、苦手な俳句ですが、「草の戸」は、「芭蕉が譲った家」のことで、訳は、「(わびしかった)自分の家も 新しい人が住み替わって (華やかな)雛人形が飾られている」といった感じでしょうか。

 

㉖表八句を庵の柱に懸け置く。

「表八句」は、注釈を読んでも、理解が難しいです。正確ではないですが、イメージとしては「俳句(連歌)を書く専用の紙」といった感じでしょうか。訳は、㉖「表八句を庵の柱に懸けて置いた。」となります。「庵」は、どこの「庵」か分かりません。多分、譲った自分の家のことかなーと思うのですが、もう他人の家なのに、その家の柱に懸けて置かれてもなーとも思います。

 

【説明できるようにしておきたい言葉】

古人

春立てる霞

【なんとなく理解しておくといいかなーと思う語句】

漂泊

白河の関

そぞろ神

道祖神

三里

松島

表八句

 

「深川芭蕉庵」について

余談です。テストには出ないと思うので、興味のある人は、読んでみて下さい。

 「深川芭蕉庵」とは、芭蕉の家の通り名です。今回の話で「江上の破屋」「住めるかた」「草の戸」「庵」と表現されたものです。芭蕉が37歳のときに住み始めた家で、庭に芭蕉の株を植えたことで「芭蕉庵」、深川にあったので、「深川芭蕉庵」と呼ばれました。芭蕉は、何度か大きな旅に出ていて、旅①→自宅→旅②→自宅→旅③→自宅という生活をしています。今回の「去年の秋、江上の破屋…」というのは、45歳のときの『更科日記』の旅から帰ってきたタイミングだと思われます。芭蕉は、何度か旅に出ているのに、これまでは自宅を処分しませんでした。しかし、今回、処分したということは、『奥の細道』の旅以降、もうこの家には戻らないだろうという考えがあったのかもしれません。実際に江戸に帰ってきたのは、「奥の細道」出発から2年後の48歳のときでした。このときは、新築された芭蕉庵で2年間、暮らしたということです。