taketakechopの小話の世界

taketakechopが展開するイラスト・映画・文法にまつわる小話の世界です。

「Smart News」抜きでアクセス人気のあった記事
第1位『名探偵コナン』少年サンデーコミックス版の「カバー後ろそで」の「青山剛昌の名探偵図鑑」1~3巻 
第2位常時ストックしてある「カレーレトルト」4選
第3位本家に迫っているんではないかと思われるカヴァー曲集め
第4位今更ながら、米津玄師!! 10月20日新曲「Flamingo」YouTube公開!!
第5位宮崎駿の音楽 『紅の豚』~『風立ちぬ』【後編】

徳川幕府の歴代将軍をすべて言えますか?

f:id:taketakechop:20180831165850j:plain

昨日に引き続き、これまた、

このブログを読んでいる学生の人は、いないので、アレですが、

歴史の小話です。

突然ですが、

勉強を気にしている学生は、

徳川幕府の歴代将軍」を絶対に覚えた方がよいと思います。

教科書では、

途中から歴代将軍の名前が出てこず、

代わりに

幕府の要人が出てきます。

記憶力の強い人は、どうにでもなると思いますが、

弱い人は、途中から

新井白石

 井伊直弼

 田沼意次

 水野忠邦

 松平定信は、覚えてるけど、

 いつの人か分からん。」

とゴッチャマゼになってしまいます。

 

まず歴代将軍を覚えてしまい、

そこに幕府要人などのサブキャラクターをリンクさせた方が

記憶が安定するので、

徳川幕府の歴代将軍を覚えることをお薦めします。

覚え方としては、

大きく2つに分けると覚えやすいと思います。

第一部

「初代徳川家康の直系にあたる7代家継までで、

第二部

8代徳川吉宗から15代慶喜まで」です。

 

では、簡単な歴代将軍の解説をして、

終わります。


徳川将軍家

第1部

初代 徳川家康

戦国時代を生き抜き、天下を掌握。
バレバレながら、源氏を自称し、
力ですべてを抑え込み、征夷大将軍をゲット。
江戸に徳川幕府を開き、初代将軍に就任した。


2代 徳川秀忠

徳川家康の3男。
お父さん(=家康)が好きでなかったと伝えられている。
関ケ原の合戦に間に遅刻するという失態が有名ですが、
2代将軍として、幕府の基礎をしっかり固めました。

 

3代 徳川家光

2代将軍秀忠の長男。
両親からあまり愛されず(特に母親)、
お爺ちゃん(=家康)の鶴の一声で将軍の座をゲット。
だから、お爺ちゃん大好き、
日光東照宮も、絢爛豪華にリフォームした。

 

4代 徳川家綱

3代家光の長男。
11歳で将軍に就任。
家綱をサポートした「保科正之」は、
3代家光の異母弟。
家綱には、子がいなかったため、
徳川宗家の血脈途絶える。


5代 徳川綱吉

3代将軍家光の4男。
家綱死後、宗家を相続して、5代将軍に。
生類憐みの令」を発令して、「犬将軍」と揶揄される。

 

6代 徳川家宣

3代家光の3男綱重の長男。
綱吉に子がいなかったため、
43歳のとき、綱吉の養子になる。
48歳で就任、51歳で死去。
将軍就任期間は、わずか3年5か月。


7代 徳川家継

6代将軍家宣の4男。
5歳で就任、8歳で死去。
将軍就任期間は、わずか3年1か月。
この「家宣・家継」親子に重宝されたのが「新井白石」。
家継で家光系の血筋が途絶える。
そのため、
家継なのに家を継げなかったと覚えました。

  

第2部

8代 徳川吉宗

父、兄らが相次いでなくなるという強運により、
紀伊徳川家から宗家を相続する。

taketakechop.hatenablog.com

続柄としては、家康の孫にあたり、
家康を熱心に信仰した。
米将軍」と呼ばれるように
米経済」を中心に改革(亨保の改革)を行った。

 

9代 徳川家重

8代吉宗の長男。
言語障害があったため、
家重の言葉を理解することができた
小姓の「田沼意次」が大きな信任を得る。
また、排尿障害も抱えていたため、
小便公方」と揶揄された。

 

10代 徳川家治

9代家重の長男。(吉宗の孫)
吉宗の期待を背負い、吉宗から直接、帝王学を学んだが、
父(家重)の信任の厚かった「田沼意次」を老中に起用し、
自信の手腕を発揮する機会は、なかった。
43歳のとき、長男が死去、失意のまま、50歳で死去。

 

11代 徳川家斉

吉宗のひ孫。
10代家治に後継者がいなかったため、
15歳のとき、一橋家(吉宗の4男の血統)から宗家を相続。
このとき老中になる「松平定信 *1」は、
家斉の父の暗躍により、
将軍候補から除外された過去があったためか、
松平定信は、将軍家にも緊縮財政を強要(寛政の改革)。
しかし、松平定信失脚後、
徳川家斉は、贅沢三昧にふけ、幕府の財政が傾く。

 

12代 徳川家慶

11代家斉の次男。
父家斉とは一転して、倹約に努める。
水野忠邦を老中に起用し、「天保の改革」を行うも、失敗。
1853年、ペリー来航の月に死去。

 

13代 徳川家定

12代家慶の4男。
3人目の正室は、「篤姫」。
ペリー来航以来、
尊王だ」「攘夷だ」と混迷する中、
南紀派の「井伊直弼」が大老に就任。
嫡子のないまま、35歳で死去。

 

14代 徳川家茂

11代家斉の孫。13代家定とは、いとこ同士。
13歳のとき、紀伊家から宗家を相続。
公武合体のため、
皇女「和宮」を正室に迎える。
21歳のとき、
第2次長州征討の途中、出向いた大阪城で死去。


15代 徳川慶喜

水戸藩に生まれるも、一橋家の養子となり、
30歳のとき、宗家を相続し、第15代将軍に就任。
ただ翌1867年には大政奉還を上奏。
王政復古の大号令の経て、徳川幕府は、滅亡した。
将軍在位期は、わずか1年。

 

f:id:taketakechop:20180831172429j:plain

*1:吉宗の孫。家斉の父とは、いとこ同士。